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Techo y comida 食う寝る処に住む処

スペイン映画 (2015)

2012年のHyAS View netを見ると、「若年層失業率48.9%! なぜスペインには仕事がないのか?」というタイトルで、当時の欧州債務危機と、それにまつわるスペインでの突出した失業率の高さについての日本語の解説が載っている。原因はバブル崩壊で、「サブプライム破たん、人材流出、国内製造業移転、産業空洞化」という言葉が並んでいる。そして、その原因は、「問題の多いぜい弱な産業構造、特殊な雇用環境、人材流出」だと分析されている。映画は、このような悲惨な経済状況下において、恐らく高校生の時に妊娠し、8歳の父なし子を持った20代半ばの母親の苦労を赤裸々に描く。アンダルシア映画作家協会、マラガ映画祭、オウレンセ。インディペンデント映画祭で作品賞、スペインで最も権威あるゴヤ賞で主演女優賞など、計17の賞に輝いたのは、その歴史の重さを、あまりにもストレートに描いた “恐ろしさ” が審査員の心を揺さぶったからだろう。実際、映画を観ていて、これほど救い難い印象を受ける映画は珍しいし、特にラストの “母子の見放し” は意外とも言える追い打ちだ。それほど2012年がひどかったということであろうが、観ていても辛い。

スペイン南端部のヘレスという町に住むロシオとアドリアンという名の母と子。母は、しばらく前から失業し、住んでいるアパートの家賃を8ヶ月も滞納している。その間、街頭でのチラシ配りをして僅かなお金を得てきたが、アドリアンには満足な食事も与えてやれない。社会保障は、そんなに簡単には受けられなく、支給開始までに現金だと1年、食料を買うのに使えるフードスタンプでも半年待たないといけない。そんな苦しい生活の中で、救いは、同じアパートに住む独居老人のマリアが時々アドリアンに簡単な食事を持ってきてくれること。逆に、困ったことは、シャンプーを買うお金すらないので、スーパーで盗もうとして店長に追い出されたり、家主が水道水の元栓を締めてしまったので、水を公園まで汲みに行かなければならないこと。アドリアンは栄養失調で眩暈に見舞われ、ロシオは、少しでもマシな物を食べさせようと、ゴミ箱漁りまでする。期待していたクリーニング業への就職は会社がいつの間にか潰れてダメになり、チラシ配りもボスと喧嘩してクビに。さらに、アドリアンは眩暈がひどくなり昏倒。ロシオは、万端尽きて食料の慈善配布の列に並ぶ。これで、アドリアンの栄養失調はなくなり、おまけに、フードスタンプの支給が決まる。運が好転したと喜んだ矢先、ロシオが裁判所からの通知を無視していた天罰が下る。大家の家賃未払いに関する訴訟に対し、期日までに異議申立をしなかったため、アパートの明け渡し命令が出てしまったのだ。ロシオの不作為による失態は、今さらどうすることもできず、アパートを強制退去させられることに。2人は荷物をまとめて歩いて出て行く。行き先もないままに…

8歳になるアドリアンを演じたのがハイメ・ロペス(Jaime López)。以前紹介した『Intemperie(インテンペリエ/荒野の逃亡者)』(2019)で主役を演じた少年だ。この映画では、脇役的存在で、笑顔が多いのに対し、4年後の主役では、役柄上、引きつったような恐怖心が顔に貼り付いていて、別の俳優のような感じさえ与える。彼の最新作は、TV映画 『El secreto de Belmez(ベルメスの秘密)』(2020)。
  

あらすじ

ストーリーは、スペイン南部アンダルシア地方の町ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ〔セビーリャの約80キロ南〕に限定して展開する。時代は2012年〔スペイン経済危機のさ中〕。母子家庭を支えるロシオは20代半ば、息子のアドリアンは8歳なので、高校生の時のセックスで生まれてしまったことになる。当然、父となるべき男性は逃げてしまい、学歴もないことから、苦しい生活を送って来た。映画の冒頭、ロシオは社会保障を扱う町の事業所で、担当の女性スタッフに悲惨な状況を話す。①失業手当は切れ、頼れる親戚はおらず〔なぜ、両親や祖父母がいないのかは不明〕、定職もない。収入は、月に数回チラシを配って得られる20ユーロ〔約2700円〕のみ。②ロシオがアドリアンと一緒に暮らしているアパートでは、8ヶ月家賃を滞納。これに対し、事業所のスタッフは、(a)シングルマザーで収入がほぼゼロなので、半年間、月額550ユーロ〔約75000円〕の社会保障を得ることができるが、給付開始までの待ち時間は最大1年、(b)フードスタンプ〔無料の食券〕と月額120ユーロ〔約16000円〕を得ることができるが、給付開始まで半年かかる、と説明する(1枚目の写真)。あまりの “即効性のなさ” にロシオはがっかりする。それでも、就職依頼に使う時の履歴書の無料コピーだけはさせてもらえた。ロシオは事務所を出ると、学校の終わる時間までに正門まで行き、アドリアンが出てくるのを出迎える。アドリアンと友達は、学年のサッカー代表選手に選ばれたことを、嬉しそうに母親に報告する(2枚目の写真)。アパートに帰る途中で、2人はパン屋に入り、ロシオがバケットを1本買う。その時、コピーした履歴書を渡し、店の手伝いなら どんなことでもするとアピールする。アドリアンは、ケーキの棚を見ていたが、そんな高価なものを買ってもらえるハズがない。店を出た母が、振り返ってみると、さっき履歴書を渡した店主が、紙を2つに裂いている(3枚目の写真、矢印)。ここでも、職に就くことはできなかった。
  
  
  

アドリアンはアパートに帰ると、さっそくTVを使ってサッカー・ゲーム(1枚目の写真)。すると、玄関のブザーが鳴る。ロシオは、大家が文句を言いにきたと思い、アドリアンに静かにしているよう合図する。そして、ドアの覗き穴から、外にいるのが一番好ましい人物マリアだと分かると、すぐにドアを開ける。「元気?」。「まあまあね」。「息子さんは?」。「ゲームに夢中」(2枚目の写真)〔マリアは夫を亡くして一人暮らしなので、この若い母子のことを唯一心配してくれる〕。「どんどん大きく、可愛くなるわね」。そう言うと、「コロッケを持ってきたわ。今作ったばかりだから、夜にでも食べたら」と渡してくれる。さらに、見知らぬ男が訪ねてきたとも注意する。夕食は、2つに割ったパンの中に、フライパンで熱したソーセージを3本はさんだだけ〔あまりにひどい栄養バランス/マリアからもらったコロッケは、明日の夕食〕。アドリアンはTVのサッカー中継を見ていたが、食卓のサンドイッチの前に座る。すると、ロシオの携帯に電話が入る。それは、いつものチラシ配りの担当からで、ロシオは、「暇かって? いつも暇だわ」と、すぐにOKする(3枚目の写真)。ロシオは、ソーセージを買うお金がなかったからか、本当にお腹が空いていないのか、夕食をパスする。
  
  
  

その夜、一旦はベッドに入ったロシオだったが、恐らくは空腹のため眠ることができず、起き出してきて、ソファに座ると、TVを点け、アドリアンの運動靴を糸で修理し始める(1枚目の写真、矢印は糸)。朝になってアドリアンが起きてくると、居間のスタンドが点いたままになっていて、ロシオはソファで眠っていた(2枚目の写真)。アドリアンは、「ママ、起きないと。9時まであと15分だよ」と声をかける。「完全に遅刻だわ。急いで服を着なきゃ」。場面はヘレスの中心街。サンドイッチ・ウーマンになったロシオが、音楽グループ「コンプロ・オロ」のチラシを配っているが、何となく誠意というか迫力がない。そこに、ボスがやってきて、「遅いぞ! 何をしとった?」と文句を言う。ロシオは、「子供が病気で」と嘘を付く。「いつも、言い訳ばかりだ」。そして、「全部のチラシを配り終えるまで、帰るんじゃないぞ」と言って、大量のチラシを渡される(3枚目の写真、矢印)。
  
  
  

どうやって配り終えたかは分からないが、その帰り、ロシオはスーパーに寄り、化粧品の並んでいる棚の前で、手鏡を見て肌の荒れ具合をチェックする。そして、棚から何かのジェルを取り上げると、少し出してみて匂いを嗅ぐ。買う余裕など全くないので、そのまま棚に戻す(1枚目の写真)。次に、食肉コーナーに行ったロシオは、ケースの上に並んでいるソーセージの山に注目する。その下の黄色の紙には、「特売。ソーセージ6パック、3ユーロ〔約400円〕」と書かれている(2枚目の写真、矢印)〔1パックにはスーセージが6本入っているので、計36本。1本当たり約10円は ものすごく安い〕。ロシオは6パック手に取り、すでに腕に抱えていたバケットと一緒にレジに持って行く〔昨夜と同じメニュー〕。ロシオはレジ係に、「ここで、働き口ってないかしら?」と訊いてみる。「ないと思うわ」。支払額は3.9ユーロ。バケット1本が0.9ユーロ〔約120円〕。何れも、日本よりも安い。ロシオは、ポケットからくしゃくしゃになったポリ袋を取り出して買ったものを入れるので、スペインでは日本より7年以上前から、レジ袋持参が当たり前だったらしい。そこに店長が飛んでくる。そして、他の客には聞こえないように、「見たぞ。すぐに出して」と要求する。ロシオはトレンチコートの中からジェルの瓶を取り出すと(3枚目の写真、矢印)、店長に渡し、謝りもせずに出て行く。1枚目の写真のシーンでは正直者のように見えたロシオが、実は、盗んでいたとはショックだ。レジを隠して通過したので店長が介入したのだが、盗難ということで警察には届けないのだろうか?。
  
  
  

ロシオが、ガスコンロで牛乳を温めている、天井灯が点いたり消えたりする。原因は、壁に1つしかないコンセントからタコ足状につないだ配線〔あとで、火事になりそうになる〕。何とか正常になったところで、ロシオが鍋を温めているコンロの火で手を温めるシーンがある。つまり、部屋には暖房が入っていないことを意味する。いきなり、玄関のドアがドンドンと叩かれる。大家だ。「ロシオ! ドアを開けろ! 開ける気がないのか?!」(1枚目の写真)。その声を聞いたアドリアンが、ソファで飲んでいたホット・チョコミルクを置いて立ち上がる(2枚目の写真)〔この映画で、唯一アドリアンの顔がアップに映る瞬間〕。母は、後ろからアドリアンが近づいてくるのを感じ取ると、振り返って、静かにと態度で示す(3枚目の写真)。居留守を使っていることが明白なので、家主は、「この恥知らず! いつか、ショットガンと銃弾を持ってくるからな! 家賃を払わんと、トラブルになるぞ! 聞いとるのか? トラブルだぞ! 自分が何をしとるかよく考えろ!」と怒鳴る。アドリアンがそれを聞いて怖くて泣いているのに、ロシオは平然としている。8ヶ月も平気で滞納しているのだから、当然かもしれない。日本では、「家賃が支払われず3ヶ月以上が経過すると、裁判所から『信頼関係が破綻している』と見なされ、明け渡し訴訟が可能に」と書いてあったが、スペインは悠長なのだろうか?
  
  
  

大家が去って行くのをカーテン越しに見たロシオと、それを見ているアドリアン。アドリアンは、「いつ払うの?」と尋ねる(1枚目の写真)。「今週、仕事の面接があるわ」と期待感を持たせたうえで、「冷める前に、ミルクを飲みなさい」と話題を変えようとする。「もう要らない。今夜、一緒に寝ていい?」。「もちろんよ。その方が暖かいし」〔ここでも、暖房がないことが強調される〕。翌日、ロシオがシャワーを浴びていると、急に湯が冷水に変わる。ロシオは、思わず叫び声をあげ、頭にタオル、体にバスタオルを巻き、キッチンに置いてあるプロパンを出してみる。ボンベが空になったので、ガスの湯沸かし器も動かない(2枚目の写真)。そんな危機的な時、玄関のドアベルが鳴る。タオル姿のまま覗き穴から誰が来たのかを見る。それは、マリアが言っていた「見知らぬ男」に違いない(3枚目の写真)。ロシオは、半裸の状態なので応答しなかった。
  
  
  

ロシオは、Limpiezas Sherryというクリーニング会社の面接に行く。しばらくすると、若い社員が部屋に入ってきて、「みなさん、お早う。ボスの体の具合が悪くなったので、今日は来られないと 電話がありました。面接が延期されてしまったことを、ボスに代ってお詫びします。しかし、良いお知らせもあります。私たちは、今、大きなスーパーマーケット・チェーンと契約を結ぼうとしています。双方が署名すれば、あなた方全員に仕事があるでしょう。すぐに連絡します」と話す(1枚目の写真)。10名ほどの応募者は嬉しそうに引き上げる。これで就職が決まったようなものなので、ロシオは大家を安心させようとアパートを訪れる。玄関のインターホンを鳴らすと奥さんが出る。来たのがロシオだと分かると、大家は居留守を装う。奥さんが代わりに下に降りて行く。奥さんは、数日前の夜に大家が怒鳴りに行ったことを謝り、「退職してから、すごくイライラしてるの」と説明する。ロシオは、「もうすぐ確実にクリーニングの仕事に就けるって、報告に来たんです」と言うが(2枚目の写真)、奥さんは 「息子はレイオフされ、子供が2人いる。どこも最悪で、現金が必要なの。銀行は待ってはくれないから」と、現状の厳しさを話すと、そのまま戻って行く。ロシオは、そのまま自分のアパートに戻る。すると、先日、シャワーが故障した折にやってきて、無視した男が階段で待ち構えていて、「ロシオ・モレノさんだね?」と声をかけてくる。「何です?」。男は、①ロシオが家賃の未払いで告訴されている、②異議申立は10日以内に、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラの下級裁判所第5法廷まで、の2点を話すが(3枚目の写真、矢印の中には訴状が入っているはず)、ロシオはよく理解できなかったのか、詳しく尋ねることもせず、裁判所からの訴状も受け取らずに、さっさとその場を立ち去る。異議申立をしないと、強制執行されることに全く気付いていない。ロシオの未熟で中途半端、ある意味、なげやりで、いい加減な生活態度がそのまま出てしまっている。
  
  
  

アパートに戻ってきたアドリアンが、「『しせいじ』って、どういう意味?」と尋ねる。「誰かに言われたの?」。「ううん」。「なら、なぜ訊くの?」。アドリアンは肩をすくめる。「あなたに、そんなこと言った奴を見つけたら、戦争ね」。「もう、忘れて」。アドリアンは、話題を変えようと、「今日の面接どうだった?」と訊く(1枚目の写真)。「きっと、仕事がもらえるわ」。それを聞いたアドリアンは、「ママ、誕生日に 僕が欲しい物 知ってるよね? サッカー・シューズだよ。最終戦で履けるから」と言い出すが、「そんなお金ないの知ってるでしょ」と言われてしまう。その夜、カピロテと呼ばれる円錐形に尖った帽子をかぶったカトリック教徒が、日本流に言えばキリストかマリア像の山車を牽いて行進する(2枚目の写真)。その後尾についていたアドリアンが、ロシオに、「めまいがする」と言い出す(3枚目の写真)〔ロクな物を食べさせてもらっていないため〕。ロシオは祭りの列からアドリアンを連れ出し、人の少ない場所に連れて行くと、額に触り、「熱があるわ。帰りましょ」と、すぐに家路につく。
  
  
  

アパートに戻ると、ロシオが作ったのは、定番のホットミルクに粉末ココアを混ぜたもの。一口飲んだアドリアンは、「ビスケットはないの?」と訊く(1枚目の写真)。「ないわ」。「今なら、ステーキとポテトチップを丸ごと平らげられるよ。ママは? そのままだと、骸骨になっちゃうよ」。アドリアンがベッドに入ると、ロシオは汚れてもいい服を着ると、アパートの近くにあるゴミ・コンテナーまで歩いて行き、重い鉄の蓋をプラスチックの籠で閉まらないようにすると、上半身をコンテナーの中に突っ込んでめぼしいポリ袋を取り出しては破って中を確認する。そして、ラッキーなことに、丸ごと1本のパン、ビスケットなどを発見し(2枚目の写真、矢印はビスケット)、持参したバッグに詰める〔遂に、ホームレスと同レベルのゴミ漁りになってしまった〕。そして、翌朝の食卓の上には、牛乳のパックと並んで、誇らし気にビスケットが置かれている。「気分、良くなった?」。「うん。めまいはしないよ」(3枚目の写真、矢印はビスケット)。
  
  
  

一難去ってまた一難。ロシオが皿を洗おうとすると、水が出ない。家主が、水の元栓を閉めたのだ。携帯で、文句の電話をかけようとすると、「お知らせします。只今、クレジット不足で電話はかかりません」。ロシオは、八方ふさがりで 思わず顔を覆う(1枚目の写真、アドリアンのビスケット目線が面白い)。母子は、大きなペットボトル4本を持って公園に行き、短いホースをつないで、水飲み場からペットボトルに水を入れる。そして、満杯にしたペットボトルを持ってアパートに引き返す(2枚目の写真)。2人は、アパートの入口で、ちょうど帰ってきたマリアとばったり出会う。マリアを見て笑顔になったアドリアンの頭を撫でながら、彼女は 「どこに行ってたの?」と訊く(3枚目の写真)。ロシオは、「髪をくしゃくしゃにしないで」と撫でるのを止めさせた後、「友だちと遊んでらっしゃい」と去らせる。その後で、水が出なくなったと、絶望的に話す。優しいマリアは、「水なら、入用な時にいつでも取りにいらっしゃい」と言ってくれる。
  
  
  

マリアが階段を上がって行き、ロシオがアドリアンの方を振り返って見ると、ケンカの真っ最中。ロシオは駆け寄って2人を引き離し、ケンカの相手の子を、「あんた、何てことするのよ?」と咎める。「何もしてないよ」。ボールを持った子が、「アドリアンが始めたし、殴ったよ」と口を出す。アドリアンは、「そんなの嘘だ。始めたのはこいつだし、僕を仲間外れにした」と反論(1枚目の写真)。横縞柄のシャツの子は、「彼が、父さんがいないから虐めてるんだ」と実情をバラす。ケンカの相手は、「僕を、『くそったれ』って言った」と、自己擁護。ロシオがアドリアンを連れてアパートに向かうと、後ろからケンカの相手が、「私生児!」と叫ぶ(2枚目の写真)〔やっぱり、悪いのはこいつ〕。ロシオが振り返って向かって行くと、悪い2人組は逃げて行く。2人は、ペットボトルを部屋まで運び上げる。その直後、ロシオは、「ケンカするなと言ったでしょ!」とアドリアンを叱る。「向こうが始めたんだ」(3枚目の写真)。しかし、ロシオは、どんな理由があろうと息子にケンカして欲しくないので、「口を漂白剤で洗うわよ」とまで脅し、二度とケンカを禁じ、部屋に行かせる。
  
  
  

別の日、ロシオがチラシ配りをしていると、家主夫妻と目が合い、なぜか逃げ出す〔働いている姿なので、逃げる必要はないと思うのだが…〕。そして、チラシを配りもしないで夫妻に気を取られている姿をボスに見つかり、「一体全体 何しとるんだ? ヘレスは、仕事探しの連中で一杯なのは分かっとるな? サンドイッチの板とチラシを寄こせ」と、解雇される。ロシオは嘆願するが、聞いてもらえない。怒ったロシオは、チラシをボスに向かって投げつけ〔当然、バラバラになる〕、サンドイッチの2枚の板は、踏みつけて使い物にならなくする。自分の愚かさのために収入の道を絶たれたロシオは、しばらく茫然と佇んでいたが、思い立って郊外の廃棄場に行き、使えそうなものを探して集める(1枚目の写真)。そして、拾った物をヘレスの繁華街まで持って行くと、布を拡げて並べる。おもちゃ5点、くつ1足、マンガ雑誌1冊など10数点だ。すべて1つ1ユーロ〔約140円〕。子供時代にマンガを読んだ老人が、懐かしがって1ユーロ、プラス、チップを渡してくれる。商売は順調にいきそうだったが、警官がやってくるのが遠くに見えたので、隣で同じ商売をしている男と同時に、急いで店をたたみ(2枚目の写真)、一目散に逃げる。帰りに、先日面接を受けに行った会社に行ってみると、窓には、「SE ALQUILA〔貸店舗〕」の紙が貼ってある。中を覗いてみると(3枚目の写真)、中はガランドウだった。これで、就職できるという夢は完全に絶たれてしまう。
  
  
  

夜、アドリアンが絵を描いている。何を描いているのか訊かれたアドリアンは、ロシオに絵を見せる。「将来のプレゼントだよ。大きくなったら、ママの世話は僕がする。休まずに働いてお金を貯め、すごく大きな家を買うんだ。花が咲き乱れるお庭や、プールもあるんだよ」(1枚目の写真)。「バーベキューしてるのは誰?」。「ママのボーイフレンド」。「私の? ボーイフレンド? 冗談ばっかり」。翌日、ロシオは水をもらいにマリアの部屋に行く。マリアがキッチンに行き、ちょうど電話がかかってくる。ロシオは、前から欲しかったシャンプーを棚から取ると、持参した小さなビンを取り出し、中身を少し頂戴する(2枚目の写真、矢印)〔最初から、水だけでなく、シャンプーももらう気でいた〕。シャンプーが終わると、次は、綿棒を10本ほど頂く〔こうした盗癖は、前にもスーパーで見られたが、親切にしてもらっている場面での平然とした盗みは、観ていて不愉快になる〕。盗みを終えてキッチンに行くと、マリアが受話器を持って泣いている。「何があったの?」。「姉が… バルセロナの義兄から電話があって、大変なことに…」。「お気の毒に」。「可哀想な姉さん」。「私に何かできることがあれば…」。「悩みを聞いてくれるだけでいいの」。こんな事態にもかかわらず、マリアは、予め作っておいたキャセロール入りのタッパーをロシオに渡してくれる。そして、また悲しみに暮れる(3枚目の写真)。
  
  
  

自室に戻ったロシオが、湯を大量に沸かしてアドリアンの部屋に持って行くと、息子が床に仰向けに横たわっている。最初は冗談かと思って、「悪ふざけはやめて、起きなさい!」と声をかけるが(1枚目の写真)、腕を引っ張っても、顔を触っても反応がないので、めまいで倒れたと分かり、真っ青に。そして、すぐに病院へ(2枚目の写真)。診察の結果、処方箋を渡され、「このサプリを買いなさい。社会保障の適用外ですが。12時間ごとに1ヶ月飲ませるのです」と言われる(3枚目の写真)〔要は、栄養失調によるめまいからの昏倒/食べさせるものが余程ひどい/でも、薬を買うお金などあるのだろうか?〕
  
  
  

アドリアンの食生活改善のためなら、どんな恥で凌げるロシオは、無料の食料支援の列に並ぶ(1枚目の写真)。修道女が、並んでいる全員に「主の祈り」を復唱させる。その姿を、アドリアンの学校での一番の友達の母親に目撃され、辛い思いをする。配布される食料は、それなりに充実していて、アルミホイルの中は目玉焼きとチーズ、ロシオが持参したタッパーには豆のシチュー、それにヨーグルトとバナナ2本(2枚目の写真)〔これまでの、ソーセージ・サンドイッチだけよりは、遥かに栄養バランスが取れている〕。ロシオがアパートに戻ると、玄関のドアノブにポリ袋がぶら下げてある。さっそく中に入って袋の中を見ると、それは、シャンプーの大瓶1本と、綿棒の詰まった箱だった(3枚目の写真、矢印はシャンプー)〔マリアは、ロシオが少量盗んだことをどうやって発見したのだろうか? 現実には不可能としか思えない〕。ロシオは、恥ずかしくて思わず泣いてしまう。
  
  
  

その夜、睡眠薬を飲んだロシオが朝遅く目覚めた時には、アドリアンの姿はどこにもなかった。そこで窓の外を見ると、サッカー・ボールで遊んでいる。「アドリアン、来なさい!」と呼ぶ(1枚目の写真)。戻ってきたアドリアンに、ロシオは、「学校のある時間に、外にいて欲しくないの」と注意する(2枚目の写真)。「朝食は食べたの?」。「うん」。アドリアンがボールで遊ぶのをやめないと、ヒステリックに怒鳴り、部屋に行かせる。その後、バスタブで衣類の洗濯をし、力任せに絞る姿が映る(3枚目の写真)。湯船には石鹸の泡がかなり見えるので、衣類のすすぎはかなり不十分だが、水道が使えない生活なのでやむを得ないのかもしれない。
  
  
  

ロシオが、洗濯物を窓の外に張ったロープに掛けていると、アドリアンが 着信音のする携帯を持って入って来る。電話に出たロシオの顔には笑顔が戻る。映画の冒頭で説明のあったうち、(b)のフードスタンプと月額120ユーロが支給されることになったという知らせだ。ロシオは即刻、福祉事務所に出向く。そして、書類にサインし、1通の封筒をもらう(1枚目の写真、矢印)。ロシオが、支給されたお金でいっぱい買い物をして帰ってくると、ドアを開けた床の上に1通の封筒が置いてある〔家主の奥さんが、直接渡そうとして渡しきれず、ドアの下から押し込んだ〕。ロシオは、買ってきたものを食卓の上に置くと、封筒を手に取るが(2枚目の写真、矢印)、中を見るのは後に回す。そして、フライドポテトを揚げ、ハンバーガー・サンドを作ってアドリアンと一緒に食べる。そして、食べている途中で、買ってきたサッカー・シューズを、少し早めの誕生日プレゼントと言ってアドリアンに渡す。アドリアンは、大喜びだ(3枚目の写真)。
  
  
  

幸せなことを終えた後、ロシオは自室に行くと家主からの封筒を開ける。それは、公文書で、それを読んだロシオは真っ青になる(1枚目の写真)。10日以上前にやって来た男が、②異議申立は10日以内に、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラの下級裁判所第5法廷まで、と言っていたことを重視せず、放置しておいた結果なので、ロシオが悪いとしか言えない。ロシオの泣き声を聞いたアドリアンが、中に入ってくる。「ママ、どうかしたの?」(2枚目の写真)。泣き止まない母を見たアドリアンは、キッチンに行って水の入ったコップを持ってくる。ロシオは水を飲むと、これからアドリアンに襲いかかる悲劇を思い、抱きしめる(3枚目の写真)。
  
  
  

ロシオは、さっそく弁護士の事務所に行き、公文書を見せる。弁護士は、異議申立の期限が過ぎてしまったので、自分には何もできない。7月2日午前10時45分までにアパートを退出しなければならない、と告げる(1枚目の写真)。そして、それまでに住む場所を探すべきだとも〔弁護士の姿は一切映らない〕。事務所を出て乗ったエレベータで、一緒に乗った女性が変な顔をする。カメラがロシオの下半身に移動すると、デニムのズボンが漏らした尿で濡れている。ロシオは、そのビルのトイレに入ると、ハンド乾燥機の風を股に当ててズボンを乾かす(2枚目の写真)。そして、今日が、アドリアンのチームの最終戦なので、公園のベンチに座って観戦する〔泣いている〕。試合はチームの勝利に終わり、アドリアンが、ロシオのところにやって来て、「僕が、ダニにパスして、彼がゴールを決めたの見た?」と訊く。ロシオは、観ていなかったので、何とも言えない。2人は、そのままアパートに向かって帰る。心、ここにあらずのロシオと、優勝してご機嫌のアドリアンの対比が面白い、というか悲しい(3枚目の写真、矢印は優勝メダル)。
  
  
  

途中でスーパーの前を通りかかった時、ロシオは店内に家主がいるのに気付く。そこで、アドリアンに、「ちょっと待ってて。すぐ戻るから」と言うと、足早に店内に入って行き、「このクソッタレ、殺してやる!」と言いながら、家主を床に押し倒す(1枚目の写真)。そして、「あんた、私をホームレスにしたのよ!」と罵る〔スペイン語字幕は存在しないので、確かめようがないが、英語字幕では 「私」と言って 「私たち」とは言っていない。それが正しいとすると、すごく冷たい女性ということになる。ホームレスになって一番可哀想なのはアドリアンなのだから〕。そこに店長が駆け付け、ロシオの胴体を掴んで店外に連れ出そうとし、その荒っぽさを見たアドリアンが店長の邪魔をする(2枚目の写真)。ロシオは、「二度と来るな!」と店の外に放り出される。夜の9時。ロシオが寝室から出てこないので、アドリアンが様子を見に行く。「起きてる? もう9時だよ」。「何か食べた?」。「うん。だけど、まだお腹空いてる」。「入ってらっしゃい」。母の隣に横になったアドリアンは、「さっきは、どうしたの? あんなママ見たことない」と心配する(3枚目の写真)。
  
  
  

翌日、街中でロシオが座っていると、アドリアンが新聞を持って寄ってくる。そこには、「本日、7月1日、午後8時45分、スペイン対イタリア」の見出しが躍っている。「今夜のサッカー、待ちきれないよ」(1枚目の写真)。そして、さらに、「金曜の誕生日に、何人か友だち招待していい?」と訊く。金曜にはアパートを追い出されているので、ロシオには答えようがない。そこに、幸いと言うか、不幸にと言うか、マリアが通りかかる。「さよならを言おうと思って、部屋まで行ったのよ」。「どこかに行くの?」。「バルセロナにね。姉の病状が悪くなって」。ロシオは、肝心の時に最大の支援者を失うことになる。マリアは、アドリアンに笑顔を見せると、「ちょっと早いけど、その時、ここにいないから」と言って、プレゼントを渡す(2枚目の写真、矢印)。それは、スペイン代表チームのユニフォームだった。アドリアンは大喜びですぐにシャツの上から着る。その間、ロシオは、「あなたがいなくなって、すごく寂しいわ」と、いつもはクールなのに、感情をストレートに出す。「バルセロナから帰って来ないわけじゃない」。ユニフォームを着終わったアドリアンは、マリアに抱き着く(3枚目の写真)。そして、「これ、友だちに見せびらかしてくる」と言って、その場を離れる。ロシオは、アパートから明日追い出されることを黙ったまま、マリアと別れる。
  
  
  

夜になり、ロシオは、ワードローブの整理を始める。「ママ、何してるの?」。「冬物を片付けてるの」〔7月に?〕。その時、アドリアンが、「火事みたいな臭いがする」と言い出す。ロシオがキッチンに走っていくと、タコ足配線のコンセントから白い煙が出ている。ロシオは、コンセントを引き抜き、窓を開ける(1枚目の写真、左の矢印が壁にある1つだけのコンセント、中央の矢印がタコ足配線)。幸い、発火は免れた。ロシオは、煙を吸ったため、居間の窓まで走って行き、新鮮な空気を吸う(2枚目の写真)。アドリアンが、「ママ、TVつけていい? 試合がもうすぐ始まるんだ」と訊く。「TVはつかないわよ。電気がないの」。「いつもそうだ。みんなママのせいだ!」。「私を批判するのはやめなさい! 私のせいじゃない!」。「ママのせいだよ! 試合が観れないんだから! もうたくさんだ! なんで普通のママになれないの?!」(3枚目の写真)。「どういう意味?」。「僕には、パパさえいない!」。この言葉に怒ったロシオは、旧式のブラウン管TVを床に投げ飛ばす。アドリアン:「この、気違い!」。その言葉に、ロシオはアドリアンの頬を叩く。アドリアンは、「クソッタレ!」と怒鳴ると、部屋から飛び出して外に走って出て行く。ロシオは、真っ暗な中、ロウソク1本の光を頼りに、部屋を出て行く準備を進める。
  
  
  

ロシオは、片付けが終わると、アドリアンを探しに行く。大勢の若者が店に集まって試合を声援している場所に行き、中に潜り込む。奥のテーブルの上にいたアドリアンは、ロシオの姿をいち早く見つける(1枚目の写真、目線がTVとは違う)。アドリアンは、すぐテーブルから降りて、その下に隠れる(2枚目の写真)。そのため、ロシオは、ここにはいないと思い、店から出て行く。そして、通りのベンチに座り込む。それを店内から見たアドリアンは、ロシオのことが心配になり、観戦を中断して母のそばに寄って行く。ロシオは、「ごめんなさい。許して」と、叩いたことを謝る。「もういいよ。今日は、お祝いする日だもん」。ここで、ロシオは、ようやく大変なことになっていることを打ち明ける。「あのね、ここ数日、すごく大変だったの」。「うん、ママ、すごく変だったものね」。「数ヶ月、家賃を払えなかったでしょ。大家が訴えたから、私たちアパートを出なきゃならないの」。「いつ?」。「明日よ」。アドリアンはロシオに抱き着く。それは、ゴールが決まり、赤い発煙筒がたかれ、観衆が喜びに沸いていても、悲しみは変わらない(3枚目の写真)。
  
  
  

翌朝、ロシオとアドリアンは、行く宛もないまま、すべての荷物を持って玄関から出て行く(1枚目の写真)。鍵をかけていったようには見えない。午前10時45分。大家が玄関のドアを叩く。周りには、警官や役人がいる。大家は、ドアノブを回すのではなく、鍵穴に鍵を差し込む。鍵を入れても反応がないので、専門の鍵職人が呼ばれる(2枚目の写真)〔鍵などかけていないのに、掛けてあると思って操作するから、事がややこしくなる〕。一方、アパートを見下ろす丘の上へ登る道を、荷物を持った2人が歩いて行く(3枚目の写真)。映画は、2人の姿が点のようになるまで、カメラを固定し、それが約1分半続く。それにしても、この先、2人はどうなるのであろう? 画面が暗転すると、文字が表示される。「2012年。スペインでは毎日526人が住む家を失った。失業率は26%で、史上最悪となった。1300万人が貧困や社会的排除の危険にさらされている。金融関連は1000億ユーロの規模で救済されたのに、誰が あなたを救済してくれた?」。
  
  
  

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